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From the diary ④ "Children's picture"

岡本太郎コラム④ 日記から「子供の絵」

1969-58歳 青山アトリエ庭 - コピー

児童画の審査に行った。

幼い子の絵はみんなすばらしい。ほとんど全部に賞をやりたい。 順番をつけたり、選にもれるこがあるなんてことが、本当に辛(つら)い気がする。

それでも頼まれるとつい引き受けるのは、もしだれか変な人に選ばれ、激しく奔放な絵が落とされてしまっては、と心配になるからだ。

ところで児童画といっても低学年と高学年とではまるで違う。幼稚園から小学校ニ年生ぐらいまではまったくのびのびと自由だ。どんな子でも純粋に自分自身なのだ。だんだん大きくなって、他人の目を意識するようになると、とたんに絵がつまらなくなる。うまく見える絵を書こうとしたり、まわりを見くらべて、あの手でいこう、とチャッカリまねたりする。そんなのに生気があるはずがない。形は整っても、空しく貧相だ。中学生から高校になるとさらに絶望的だ。

幼いときはだれでも絵を描く。地面でも紙でも壁でも、とにかく心と全身で、夢中になってグリグリと。いかにも楽しそうだ。

年とともに描かなくなる。表現がつまらなくなる時期と、それは一致している。つまり成熟して、技能を相対的に判断しはじめると自分で引っ込んでしまうのだ。純粋に己を貫き通す存在は珍しい。

そこで教育の問題になる。絵画教育というが芸術について教えることは何もない。どこまで素裸で自分をつき出すことが出来るか。先生も大人も誠心誠意それに協力すべきなのだ。実は大人の方が自由を失っている。逆に先生こそ絵の時間は無条件に平気で生きる在り方を子供に教わるべきだ。

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