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From the diary ⑥ "Delight death"

岡本太郎コラム⑥ 日記から「歓喜死」

1975-64歳 太郎人形制作 _1

安楽死について話し合う懇談会が出来たという。当然のことだ。とかく近代的モラルでは避けてしまいたがるが、この問題についてはもっと正面から意見をぶつけあい、論議をつくすべきだと思う。あるお医者さんのパーティーでスピーチを頼まれた。

「皆さんのご職業は立派だけれど、どうも卑しい。――では、さようなら――と帰ろうとするお客さんを、まあそう言わずに、もう一杯お茶を、と無理に引き止める。けしからんことだ」

みんな笑った。

実際、死の恐怖に絶望的に追いつめ追いつめして、苦しみを最大限に永びかせてから見放す。それは殺人罪よりもっと悪いことではないだろうか。

私は医学について言いはじめたが、これは人間生命にとっても、もっとひく深い問題として考えなければならない。

空しく、ただだらだらと流れることが生だとは、私は思わない。死を怖れて時間の中に動揺し、ごまかして生きているよりも、絶対感の中に、ひらききったまま、歓喜をもって無の世界に踊り込んで行く。その方が本当だし、人間的ではないか。ああ生きてきてよかった。死んで行ってすばらしい。そうでなければ人生はまっとうされない。

ウバステ山の伝説は一見残酷だが、実はそのような精神的な他界に送り届ける、新しく生きる楽園入りの儀式としてあったのだ。この叡智(えいち)を現代にも生かす方法があるはずだ。

人間の身体は魂を包んでいる。肉体はいずれ滅びる。しかし、文化の歴史が示しているように、瞬間的に生きた強烈な魂の歓喜は永遠なのだ。安楽死ではなく、歓喜死である。

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