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From the diary ⑩ "Creation"

岡本太郎コラム⑩ 日記から「クリエーション」

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パリ大学のかつて私も学んだ民族学科で、土曜日の十時から映像記録の講義がある。教授ルーシュが「君の映画をやるからぜひ見に来い」と連絡してきた。彼が日本にも撮影に来た、インタビューによって構成するドキュメンタリーだ。大学の学生たちと講堂に座って、その映画を見た。

私の仕事場や庭で、動きまわる私を追っかけながら、なぜ民俗学をやったのかとか、芸術、人生、さまざまの質問をする。広角レンズで、極端に近寄って、私の顔を大写し。作品群の不思議な色や形が、バックに交錯する。

いろいろ話しているうちに、「あ、それで貴方は子供をクレアシオンしないんですね」と聞いてきた。フランス語では、子供を作るのも創造という言葉だ。

私は目をむいた。「あんなのが何でクリエーションなんだ。創造とは、不可能に挑み、乗り越えてこそある。子供なんて、いつの間にか知らず知らずに、あら、出来ちゃったわ、ってなもんだ。そんなのを創造と言うべきではない。

第一、僕は子供なんかいらない。僕は僕自身の“坊や”だからだ。そしてまた、僕自身のお父さんであり、お祖父ちゃんである。人間存在はそのように瞬間的に、絶対であるべきなんだ」。

学生たちの間から拍手がわいた。私自身は大写しの手前のツラと三十分以上もつきあわされて、がっかりしてしまったが。

翌日、ルーシュが訪ねて来た。

「君の映画で拍手が起こっただろう。あんなことは、この講座ではじめてなんだよ。教授たちも大喜びだ。ぜひ、今度のアソロの映像フェスティバルに出そうと言っている。で、君の許可を得に来たんだ」

何であんなものが、と私には今でもわからない。

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