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OsamuNishitani Talks① "I and the world"

西谷修対談①「わたしと世界」

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フランス文学・思想の研究をはじめ、世界史や戦争、メディア、芸術といった幅広い分野での研究・思索活動で知られる西谷修さんとの対談です。
第一回目は「バタイユの『エロス』」。

②「バタイユは『死は生きる人間にとっての極点』だと考えていました。」
③「周りから見たら、『ちょっと救急車呼んだほうがいいんじゃない?』って話ですよ。」
④「わたしっていうのは、単にここに座っている人間のことではない。この空間全体がわたしなんです。」
⑤「いまの世界だったら、だれもが変なカルトだと言うかもしれない。」
⑥「洗練や古典化なんて摩滅した感覚だ。感受性から世界を変えないといけない、と彼らは考えた。」
⑦「それまで褒めた讃えられ、権威になっているものすべてが「ふざけるじゃねえ!」っていう感じだった。」
⑧「もはやモダニズムを追う、さらに新しいものを追うっていう、そういう思考ではなくなっていたんじゃないかと思うんです。」

「それが『言葉のもった生きもの』のセクシュアリティなんですよ。」

平野:きょうはフランス系哲学者の西谷修さんをお招きしています。西谷さんは、岡本太郎を読み解くうえで最重要のキーマンと言うべきジョルジュ・バタイユの専門家です。正直に告白しますが、むずかしい話が苦手なぼくは、むろんバタイユも大の苦手(笑)。ところが、ドキュメンタリー映画『太陽の塔』の撮影取材のときに、西谷さんのお話を3時間にわたって聞く機会があったんだけど、とにかくおもしろかった。まるで上岡龍太郎の話を聞いているみたいで……(笑)。

西谷:それは嬉しいな(笑)。ありがとうございます。

平野:話の中身がエキサイティングなだけでなく、いかにも太郎が考えていそうなことだったから、太郎から直接話を聞いているような感覚に陥って。要するにイタコに見えたんですよ(笑)。あの日、関根監督ともそんな話をしていたんです。

西谷:そうですか。ちょっとやりすぎでしたかね(笑)。

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平野:ぼくがなぜ興奮したかというと、西谷さんの話が、足りなかったパズルのピースをどんどん埋めてくれるような気がしたから。これまで太郎にまつわるいろんな本を読んだり、いろんな人に話を聞いたりしてきたけれど、スッキリしないポイントが少なからず残っていて。それを西谷さんが、「足りないのはコレだろ?」と渡してくれたように感じたんですよ。

西谷:へえ(笑)。

平野:いつかもう一度ゆっくりお話を伺いしたいと思っていたんです。ぼく自身もそうだけど、読者の多くは、パリ時代の太郎がどんな思想に接していたのか、ほとんど知りません。きょうはその辺りをいろいろお聞きしたいと思っています。

西谷:わかりました。よろしくお願いします。

平野:これは10年くらい前にパリで見つけたものですが、きょうはこの〝アセファル〟の話もぜひ聞かせてください。

西谷:これは当時のものですか?

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平野:そうだと思います。サンジェルマンの古書店で見つけましたので。

西谷:若い頃に、この雑誌のファクシミリ版が出ました。70年代くらいにね。わたしが初めてみたのはそれです。

平野:コレがいくらだったか忘れちゃいましたけど、何万円かしたような気がするな。

西谷:それぐらいはするでしょう。これは3・4号で、あとは5号しか出ていません。

平野:あ、そうなんですか。

西谷:マイナーですけど、芸術、思想を超えて、当時相当のインパクトを与えた雑誌です。

平野:バタイユは、この雑誌「アセファル」と同名の秘密結社を組織し、太郎もそこに加わっていたわけですよね。

西谷:そのようです。

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平野:そのバタイユですが、おそらく名前しか知らない人がほとんどではないかと思います。ぼく自身、そんな感じなので、まずはお約束どおり、ウィキペディアを開いてみたわけです(笑)。すると「死」と「エロス」を根源的なテーマにした人だった、と書いてある。これはいったいどういうことなんだろうと。

西谷:いろいろな見方ができるけれど、わたしよりも前の世代、たとえば澁澤龍彦、翻訳の出口裕弘、三島由紀夫なんかもね、それがきっかけでバタイユに引っかかったんですね。

平野:三島由紀夫もバタイユに引っかかったんだ。

西谷:50年代のはじめにバタイユの『エロティシズム』が刊行されたんだけど、そもそもエロスとは死であると。つまり「肉体と精神の境界をなくす」領域だと言うんですね。

平野:肉体と精神の境界をなくす?

西谷:精神は人間にしかない。猿にも精神はない。ヨーロッパ人はそう考えます。そして精神を追求していくと宗教や哲学になる。われわれ日本人は、「一寸の虫にも五分の魂」なんて言ったりしますけどね。

平野:そこまではわかります。

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西谷:いっぽう肉体のほうは、精神の営みからは削ぎ落とされていく。ところが20世紀に入ると、フロイトなどが「肉体が伴わない精神では人間のことはわからない」と言って、無意識を掘り出していくんですね。
無意識とは、精神と肉体のつながり、連続性のことだと言っていいでしょう。

平野:つまり、人間にとって精神こそが尊い価値のあるもので、肉体は野蛮なもの。そういう単純な構図では人間の本質はわからない、と考えたわけですよね。精神と肉体は無意識でつながっていると。

西谷:だから無意識と言うんですね。そしてそこにエロスが働いている。キリスト教時代には、エロスは禍々しいもの、見てはいけないものとされていた。エロスとは「心をもった生きもの」の性的活動の領域ですからね。

平野:心をもった生きもの……人間ですね。

西谷:産業主義は動物をうまく利用しています。機械で射精させ、それをメスに注入する。そうやって食料生産しているわけです。でも人間でそれをやるとみんな怒りますよね? 人間は機械じゃないんだっていう話になる。バタイユは、「エロティシズムとは言葉をもった生きものの性活動だ」と言ってます。

平野:なるほど。〝性活動〟をするとき、人間は他の動物みたいにワーってやってそれでおしまい、ってわけじゃないですもんね。

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西谷:つまりは、それが「言葉のもった生きもの」のセクシュアリティなんですよ。

平野:それがエロスだと?

西谷:バタイユはそう言います。



次回は「バタイユの『死』」。

②「バタイユは『死は生きる人間にとっての極点』だと考えていました。」

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西谷修

1950年生まれ。
東京外語大学名誉教授。
著書に『「西谷修 著書に「アメリカ」の画像検索結果”
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『アメリカ 異形の制度空間 (講談社)』、『夜の鼓動にふれる:戦争論講義』(筑摩書房)など。

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