未分類

OsamuNishitani Talks③ "I and the world"

西谷修対談③「わたしと世界」

P1870564

フランス文学・思想の研究をはじめ、世界史や戦争、メディア、芸術といった幅広い分野での研究・思索活動で知られる西谷修さんとの対談です。
第三回目は「バタイユとは何者だったのか」。

〈前回までは〉
①「それが『言葉のもった生きもの』のセクシュアリティなんですよ。」
②「バタイユは『死は生きる人間にとっての極点』だと考えていました。」

「周りから見たら、『ちょっと救急車呼んだほうがいいんじゃない?』って話ですよ。」

西谷:バタイユは、神にすべてを預けることを拒否したわけです。簡単に言って、ヨーロッパ的な言い方で言えば、「無神論者」であろうとした。

平野:神はいてもいなくてもおなじだと?

西谷:そうです。バタイユは、圧倒的な苦しみと快楽がごちゃまぜになるという、たいへん厳しい状況にあったからね。

平野:でも、無神論者であろうとすれば、最上位の領域にある恍惚、錯乱、陶酔という〝神との行為〟が成り立たちませんよね? それって矛盾じゃないですか?

西谷:若い頃、バタイユも罪の意識から教会に通っていたんだけど、ある日、祈っているときに恍惚や陶酔の状態に入った。けれども、あるときから、そういう状態のときに笑いが吹きあげてきちゃったと言うんですよ。それで冷めたと。「自分は神を笑える」ってね。

平野:へえ。

P1870565
西谷:あるとき、酒を飲んでふらふらになって夜のパリを歩いていたら、とつぜん錯乱状態が襲ってきて、道でいきなり飛び跳ねたらしい。さすがにこれはマズいと一生懸命に傘で顔を隠したらしいんだけどね(笑)。

平野:傘で隠して見えないようにしながら、それでも飛び跳ねたんだ(笑)。

西谷:そういうことがあったと『内的体験』という本に書いてます。周りから見たら、「ちょっと救急車呼んだほうがいいんじゃない?」って話ですよ。でもバタイユは、これこそが、人間にとって、あらゆる日常的な知の極北にある、意味がすべて無意味の中に吹き飛ぶような境地だと言うんです。そして、そこからあらゆる現実生活や現実社会を組み立てている論理をバッタバッタと切ってひっくり返そうとした。

平野:いまのお話こそが、バタイユがやろうとしたことであり、やったことでもあり、「バタイユとは何者だったのか」という問いに対する答えなんですね。

西谷:バタイユは宗教的体験として、ある種の恍惚状態を体験をした。でもその後の放蕩生活、メチャクチャな生活のなかでも、同種の体験に届くんですよね。しかもその体験が、人間として完全に疲弊し、カラカラに枯れて、「朝、起きたら太陽が真っ黄色に見えた」っていう、そういう状況の果てに訪れた。これがアンドレ・ブルトンになると、同じようなことを考えても、それを理想化した高貴な形で描こうとするわけね。

平野:ハイアートのリーダーですからですね。

西谷:その結果、ブルトンの周りには大勢の賛同者が集まってくる。でもブルトンは、そのうちに「オマエのやり方が汚い」「根性が腐っている」とか言って除名しはじめるんです。

平野:なるほど。

西谷:いわば、あらゆる権威を否定する運動の〝統領〟だったはずなのに、自ら権威になっていったわけです。で、除名された連中がみなバタイユのもとに集まってきた。

平野:ただ、バタイユ自身は至高体験に到達できたかもしれないけど、彼が「それこそがすべてなんだ」と語っている相手は、至高体験に触れていない。どう考えてもバタイユの言ってることは理解できませんよね?

西谷:だからバタイユはいろいろ書くわけです。汚いものとの関係や、言葉がどのように作用するか、あるいは浪費の概念や神秘家の体験なんかについてね。

P1870566
平野:ふつうに考えれば、至高体験に到達できたし、この先も引きつづき体験できる可能性があるなら、しあわせを感じてひたすらその道に邁進するんじゃないかと思うんですけど、いまの話だと、バタイユは「人間にとって大事なのはコレだ」と啓蒙してまわるわけでしょう? どういう心持ちだったんだろう?

西谷:ただね、バタイユはそれを「善」とか「価値」として主張をしようとはしなかったんです。

平野:あ、そうなんですか?

西谷:ブルトンは、早くからものを作って、「シュルレアリスム宣言」を出したけれど、バタイユはそういうことをしなかった。でも食べていかなければならないから、国立図書館の司書になって、サラリーマンをやったわけですね。

平野:はちゃめちゃで放蕩を尽くした人が、公務員になるわけですよね?しかも最後はオルレアン図書館の館長にまでなった。なんで狂気の人が役人をやれたのかっていうのがすごくおもしろい。

西谷:根本的な社会性はもとうとしていたんですよ。そうでなければ乞食になって野たれ死ねばいいって話になる。でも、それだと元も子もない。やっぱり思考をつづけて表現をやっていこうとすれば、最低限の社会性をもたざるを得ない。

平野:そりゃ、そうですね。

西谷:バタイユは哲学を勉強したけれど、まともな哲学をやる気にはならなかった。それで古文書、それも現代の知にとっては〝倉庫の埃〟みたいなもの、まさに社会に「オマエ死ね」って言われた〝知の死骸〟みたいなものの研究者になった。

平野:それで古文書学校に通ったわけですね。

西谷:そう。しかもとても優秀だったらしい。同学年の1位はアルフレッド・メトロー(アメリカ研究の人類学者)に譲ったっていう、ほんとうか嘘かわからないようなエピソードも残ってます。

平野:へえ。

P1870571
西谷:古文書学校を出ると、国会図書館はじめ全国のいろんな主要図書館の司書になるわけだけど、実際に司書になるまでに、バタイユはいろいろ迷ったみたいですね。やっぱり神父になろうか、なんてね。

平野:あ、そうなんだ。

西谷:でもけっきょく司書になった。制度的な教会に頼らない、つまり神に頼らないことを選択したわけです。バタイユはマルセル・モースの授業にも出ています。

平野:えっ? バタイユもモースとかかわっていたんですか?

西谷:そうです。マルセル・モースはバタイユに圧倒的な影響を与えた。バタイユはモースの授業を受けながら、アズテクの彫刻や飾り絵なんかについての分析を書いていました。

平野:なるほど。途中まではまともな研究者だったわけだ。

西谷:まともかどうかはわからないけどね(笑)。ともかく、キリスト教世界以外の人間の生き方に関心があったのでしょう。でも、モースだけでなく、アレクサンドル・コジェーヴの「ヘーゲル講義」にも通っていた。当時はそういう知識人がたくさんいて、そういう文化インテリサークルみたいなところでは「あのバタイユって奴はなんか気もち悪いな。講義ではいつも寝ているくせに」なんて言われて、異彩を放っていたようです。



次回は「コジェーヴの『ヘーゲル講義』」。

④「わたしっていうのは、単にここに座っている人間のことではない。この空間全体がわたしなんです。」

P1870706
西谷修

1950年生まれ。
東京外語大学名誉教授。
著書に『「西谷修 著書に『アメリカ 異形の制度空間 (講談社)』、
『夜の鼓動にふれる:戦争論講義』(筑摩書房)など。

Articles

Special Feature

Channel Taro TV

Read More
:: August 1, 2018

映画『太陽の塔』トレーラー

Read More
:: March 21, 2017

《門扉》制作風景

Read More
:: November 30, 2016

《樹人》制作風景!