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OsamuNishitani Talks④ "I and the world"

西谷修対談④「わたしと世界」

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フランス文学・思想の研究をはじめ、世界史や戦争、メディア、芸術といった幅広い分野での研究・思索活動で知られる西谷修さんとの対談です。
第四回目は「コジェーヴの『ヘーゲル講義』」。

〈前回までは〉
①「それが『言葉のもった生きもの』のセクシュアリティなんですよ。」
②「バタイユは『死は生きる人間にとっての極点』だと考えていました。」
③「周りから見たら、『ちょっと救急車呼んだほうがいいんじゃない?』って話ですよ。」

「わたしっていうのは、単にここに座っている人間のことではない。この空間全体がわたしなんです。」

平野:いま話に出てきたコジェーヴの「ヘーゲル講義」ですけど、最近いろんなところで名前を聞くんですよ。あの時代の〝知の核にあったもの〟みたいな言われ方をしていますよね。しかも、岡本太郎もその講義を受けていた。「ヘーゲル講義」って、簡単にいうとどんなものだったんですか?

西谷: 1928〜9年くらいからだったかな、ロシアから亡命してきて高等研究学院で教えている若いけどすごい奴がいるぞっていうんで評判になって、聴講者をたくさん呼び寄せたのがこの講義です。一言でいえば、ヘーゲルのものすごく斬新な解釈をやった。それまでほとんど理解されていなかったようなね。

平野:それまでのヘーゲルの哲学って、どういうものとして理解されていたんですか?

西谷:人間の知を全体的に体系化して総合的にとらえると、けっきょくは社会学になる、みたいな受けとめ方だったようですね。そういう「体系の哲学」「国家の哲学」といった理解に対して、コジェーヴは「死の哲学」として解釈したわけ。

平野:死の哲学?

西谷:主体の、それも死を核心においた解釈ね。とりわけヘーゲルの精神現象学は、無のなかからある意識がポッと現れてくるなにもない空っぽのなかに、中身のない点のように現れてくる。

平野:点?

西谷:それを否定性と言います。「それ自体は無で、周りにあるものすべてを否定する力」。それが成長して完成したときに人間の絶対精神になる。

平野:うーん……むずかしい……。

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西谷:わたしたちは、これが壁で、これが机で、これがガラスと思っている。それは見るときに距離があって、この物体に触れていないからです。でも目を極端に近づけていくと、もうなにも見えない。そういうふうに世界を見ていったらどうなるか。世界は混沌になるでしょう。

平野:自分を取り巻くものが認知できないのは怖いですよね。

西谷:それを引き離すと隔たりができて明るくなるから見えるようになる。すると「これってコップだ。使える」となって怖くなくなる。

平野:意識って、そういうふうに周囲を整理して名づけているんですね。

西谷:世界を〝扱えるもの〟にしていくわけです。自分が使えるものとして手なずけ、そのおかげで世界はわたしたちの住み処になる。わたしが「この世界の主人」になるわけですね。それが人間の能力であって、この意識が世界を現実にもたらし、自らが世界になる。これは「わたしの世界」だけど、わたしっていうのは、単にここに座っている人間のことではない。この空間全体がわたしなんです。

平野:意識の一切が、世界全体になる?

西谷:意識の経験として、それを論理的に描き出したのがヘーゲルの弁証法だとコジェーヴは言ったんです。

平野:それがすごい衝撃だったわけだ。

西谷:とりわけインパクトがあったのは、ヘーゲルの初期の仕事にスポットを当てたこと。それまでは後期のテクストしか知られていなかったんだけど、コジェーヴは初期の『精神現象学』を「まさに意識の現れ出る核として、これが絶対的な真理の書なんだ」と言ったんです。

平野:そのコジェーヴの講義が当時の知の領域に多大な影響を与えたわけですよね?

西谷:戦後に活躍する主だった知識人がほとんど出ていました。

平野:「太郎はコジェーヴのヘーゲル講義を受けていた」と話すと、「えっ!太郎さんはあの講義を受けていたんですか?」と驚く人をずいぶん見てきました。

西谷:わたしも驚きましたよ。

平野:あ、やっぱりそうですか。

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西谷:コジェーヴでもうひとつ重要なのは、「精神現象学」のなかに理性の本質を見ているところ。「真の精神は、最も否定的な恐るべき死を前面に見据えて、たじろがずその死の力を我がものとして自らを形成する」というふうにヘーゲルは書いているんだけど、それがどういうことかというと、「死」は、すべてを無化するほんとうに恐るべきものだけど、それを真正面から見据えてその力を我がものにすることで精神が形成される。

平野:〝死の力〟ってどんなイメージなんだろう?

西谷:要するにすべてを否定するということですね。すべてを腐らせ消していく力のことです。

平野:そうすることで理性が成立する?

西谷:たとえば森がある。怖いし鬱蒼と繁っていて、いつ獣が出てくるかわからない。それを面倒だと切り払うと平原ができる。平原ができるだけじゃなくて、倒した樹を木材にして平原に家を建てることができる。

平野:はい。

西谷:そこに住むとね、周りに原っぱがあるから獣からも身を守れる。つまり人間はそうやって文明をつくってきた。

平野:それが理性だと。

西谷:そう。それで多くの人々は刺激を受けた。さらに言えば、理性は人間の文明生活を豊かにしてくれるけど、根本を剥いでよく見れば死神なんだ、みたいなことにもなるわけです。

平野:ああ、なるほど。人間が生きるとはどういうことなのか、っていう根本的な問題を考えさせられますね。

西谷:そう。だからコジェーヴの影響力は大きいんです。



次回は「秘密結社『アセファル』」。

⑤「いまの世界だったら、だれもが変なカルトだと言うかもしれない。」

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西谷修

1950年生まれ。
東京外語大学名誉教授。
著書に『「西谷修 著書に『アメリカ 異形の制度空間 (講談社)』、
『夜の鼓動にふれる:戦争論講義』(筑摩書房)など。

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