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OsamuNishitani Talks⑥ "I and the world"

西谷修対談⑥「わたしと世界」

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フランス文学・思想の研究をはじめ、世界史や戦争、メディア、芸術といった幅広い分野での研究・思索活動で知られる西谷修さんとの対談です。
第六回目は「『岡本太郎』をつくった1930年代のパリの空気」。

〈前回までは〉
①「それが『言葉のもった生きもの』のセクシュアリティなんですよ。」
②「バタイユは『死は生きる人間にとっての極点』だと考えていました。」
③「周りから見たら、『ちょっと救急車呼んだほうがいいんじゃない?』って話ですよ。」
④「わたしっていうのは、単にここに座っている人間のことではない。この空間全体がわたしなんです。」
「いまの世界だったら、だれもが変なカルトだと言うかもしれない。」

「洗練や古典化なんて摩滅した感覚だ。感受性から世界を変えないといけない、と彼らは考えた。」

平野:前回、バタイユについていろいろと伺ったわけですが、後半では、「岡本太郎」をつくった1930年代のパリの空気、20世紀芸術のありようや、その意味と価値などについて伺いたいと思っています。

西谷:まずはなんといっても第一次大戦後ということですね。

平野:第一次大戦後? うーん、まったくイメージわかないなあ……

西谷:そうでしょう。のちに第二次大戦も起こったし、いまでは想像することもむずかしいけれど、ヨーロッパ人にとっては、天が落ちるような体験だったんです。

平野:なるほど。

西谷:産業革命以降、西洋世界はどんどん発展した。その力で全世界を制覇し植民地にして、ヨーロッパの大都市は大いに繁栄したわけですが……

平野:はい。

西谷:それで工業生産の文明が謳歌されたわけだけど、その文明によってどうなったかといえば、けっきょくは西洋内部で大規模な戦争が始まってしまった。始めたときはどちらも三週間くらいで終わると思っていたんですよ。

平野:あ、そんな感じだったんですね。

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西谷:ところが、「全面戦争」って言うんですが、戦場とは関係なく生きている人たちの生活までが、蟻地獄のように戦争に飲み込まれていった。社会生活の全般が戦争につぎ込まれ、文明をすべて吸い取ってしまったんです。

平野:ああ、だから「全面」なんだ。

西谷:自分はこれからどう生きていくか、何を表現していくか、なんてことを考えている人々は、「これこそ文明の自己破綻じゃないか」と思った。

平野:それまでは進めば進むほど、発展すれば発展するほどいいと思っていたのに、第一次大戦がそのコンセプトをぶち壊してしまったわけですね? つまりは展望がなくなってしまった。

西谷:そうです。だから若い連中は、これまでのものはクソくらえ、おつに澄ましてろくでもない。「世の中が変わらなきゃいけないし、変えなきゃいけない」と、それまでの価値観を壊して、いろいろな形で表現をはじめるわけですね。

平野:ああ、それはよくわかる。なんとかして世界を変えなければ、と考える若者は、とうぜん「表現」で闘おうとしますよね。ていうか、それしか闘う術がない。

西谷:そういう人たちが、ものを書いたり、絵を描いたりするわけですよ。

平野:太郎がパリに渡った頃って、まさにそういう時代だったわけですね。

西谷:そういうことです。

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平野:それまで信奉していた工業社会の価値観や進歩観が、第一次大戦でぜんぶ瓦礫になった。よりどころなくなって、どうしていいかわからない。だからこそ、なにかを表現しなければいけないという強い欲望がわきあがってきた連中が、手探りでなにかをはじめた時代だった。そんな感じですか?

西谷:まさにそうです。たとえばシュルレアリスムに標的にされたのは、小説家だとアナトール・フランスとか、いい文章で古典的な小説を書いた人なんだけど、シュルレアリスムは「こんなものは嘘だ、くだらねぇ」と批判した。

平野:「きれいごとばかり言いやがって」って?

西谷:「そんな表現をすることになんの意味もない」と。この世界の破綻をどう引き受けるのか、どうやって表現するか、世界が引き裂かれている状況を表現しなかったら、人前に出せるものにはならないと。

平野:なるほど。

西谷:おためごかしはもういい。洗練や古典化なんて摩滅した感覚だ。感受性から世界を変えないといけない、と彼らは考えた。それで20年代のアートシーンや知的な探究の領域で、あらゆる形で新しい表現が起こりはじめるわけです。

平野:なんていうか、おもしろそうな時代ですね。

西谷: 「西洋近代がいい」という絶対的信奉が完全に崩れてしまった。それがいろいろな局面に広がって、インパクトをもったんですね。

平野:もしかして、ヨーロッパのキリスト教社会がもっていた優越性が戦争で吹っ飛んで、ある種の自己嫌悪、自己否定を生んでいったんじゃないですか?

西谷:そういう面もあります。ただ、キリスト教社会の伝統は、そのしばらく前から形骸化していたんですけどね。



次回は「岡本太郎は民族学に行かざるを得なかった」。

⑦「それまで褒めた讃えられ、権威になっているものすべてが「ふざけるじゃねえ!」っていう感じだった。」

 

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西谷修

1950年生まれ。
東京外語大学名誉教授。
著書に『「西谷修 著書に『アメリカ 異形の制度空間 (講談社)』、
『夜の鼓動にふれる:戦争論講義』(筑摩書房)など。

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