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OsamuNishitani Talks⑧ "I and the world"

西谷修対談⑧「わたしと世界」

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フランス文学・思想の研究をはじめ、世界史や戦争、メディア、芸術といった幅広い分野での研究・思索活動で知られる西谷修さんとの対談です。
第八回目は「太郎の目指したもの」。

〈前回までは〉
①「それが『言葉のもった生きもの』のセクシュアリティなんですよ。」
②「バタイユは『死は生きる人間にとっての極点』だと考えていました。」
③「周りから見たら、『ちょっと救急車呼んだほうがいいんじゃない?』って話ですよ。」
④「わたしっていうのは、単にここに座っている人間のことではない。この空間全体がわたしなんです。」
「いまの世界だったら、だれもが変なカルトだと言うかもしれない。」
⑥「洗練や古典化なんて摩滅した感覚だ。感受性から世界を変えないといけない、と彼らは考えた。」
⑦「それまで褒めた讃えられ、権威になっているものすべてが『ふざけるんじゃねえ!』っていう感じだった。」

「もはやモダニズムを追う、さらに新しいものを追うっていう、そういう思考ではなくなっていたんじゃないかと思うんです。」

平野:この《痛ましき腕》は、太郎がパリに渡ってまだ5〜6年しか経っていない、25歳のときの作品です。アプストラクシオン・クレアシオンに入っているときに描いたものですが、すでに抽象の規範から外れている。だれが見たって具体的な腕ですからね。規則の外に出ちゃったわけだけど、太郎は「なんでそんなことに縛られなきゃいけないんだ」と抽象芸術から離れます。ところが、この絵を見たブルトンが「いいじゃないか。この絵はシュルレアリスムだ。第1回シュルレアリスム展に出展しろよ」と声をかけてくれた。

西谷:はい。

平野:しかし太郎は出品はしたけれど、シュルレアリスム運動には参加しなかった。みんなは「絵をどう描くか」で右だ、左だって派閥争いみたいなことをやっているけれど、オレはそんな小さい話ではなく、人間存在の根源に触れたい、とマルセル・モースのもとで民族学を学ぶわけです。

西谷:自分が未知の世界を受け止める。それが新しい人類学です。言ってみれば、自分にとってインパクトのある場面をスクリーンにバッと映す。すると、自分と世界の関係が、ここ(絵)にイメージとして浮かび上がる。

平野:自分と世界の関係をプロジェクションしているような感じですね。

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西谷:そう。「これが自分と世界の関係だ」と岡本太郎は表現したんでしょう。それをブルトンは受け入れたんですね。

平野:ブルトンは「こっち(シュルレアリスム)に来いよ」って誘ったらしいですよ。

西谷:でも太郎は民族学に行った。

平野:太郎が非西洋文明に触れたのはミュゼ・ド・ロム(人類学博物館)というミュージアムで、モースの講義もそこでおこなわれていました。ピカソがアフリカ原始美術に出会ったのも、このミュージアムの前身の民族博物館です。

西谷:そうですね。

平野:これは梅原猛さんが言っていたことですが、博物館で非西洋文明と出会って衝撃を受けたという点ではピカソと太郎は共通しているけれど、そこから先が大きくちがう。ピカソはアフリカ原始美術をあくまで造形の問題と見たのに対して、太郎は縄文を生き方の問題としてとらえたからです。ピカソはアフリカ美術の「おもしろい形」に興味をもったけれど、太郎は縄文土器をつくった人々の精神や生き方に興味をもった。
ベースにあるのは、パリ時代に民族学を学んで身につけた感性であり、民族学の視座であり、モノから背景を読み解く技術だったと思うんです。

西谷:なるほど。

平野:そして、それこそが岡本太郎が一般の美術作家と決定的にちがうところです。「世界を見る眼」というか……

西谷:「生きていることの生々しさ」に関する感覚みたいなものは、もともとあったんだと思うんですよ。

平野:はい。

西谷:それがフランスに行って、激動状況のなかに飛び込んで、さらにどんどんひらかれ、自分のなかで高まっていったんじゃないかな。

平野:なるほど。

西谷:もうひとつは、日本に帰ってきたとき、この国も戦争のなかに入っていく状況にあった。いったいこの瞬間における表現って何なのか、なにが表現になるんだって、そういうことを考えたときに、もはやモダニズムを追う、さらに新しいものを追うっていう、そういう思考ではなくなっていたんじゃないかと思うんです。

平野:そうかもしれませんね。

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西谷:そんなときに、この日本でなにをやるかと模索していたときに、沖縄に出会ってしまった。

平野:縄文に出会い、東北に出会い、沖縄に出会った。

西谷:200年、300年経ったときに、この作品は人間にとってどういう意味をもつのか。そういうことを考えていたんじゃないかと思うんですよ。現在の美術市場で、こういうふうにすれば売れるし当たる、なんていうことじゃなくてね。

平野:ほんとにそうですね。

西谷:わたしはよくこういうことを考えます。人類が滅亡したあとに宇宙からだれかが来たときに、「これはなんだ?」って思うようなもの。それこそが素晴らしいんだと。

平野:はい。よくわかります。

西谷:ここまで言うとちょっと極端だけど、100年、200年経ったときに、これがこの時代の人間の表現なんだって見てもらえるかどうか。形や色や素材や、そういうものをぜんぶ含めて、そこにいる人間とこの世界との出会い。それを形にする。

平野:太郎はそういうものを目指したんじゃないかと?

西谷:そう思うんです。



次回は「芸術思想の原点」。

⑨「『描くとか作るというのはどういうことなのか』を突き詰めようとしたんだと思うんですよ。」

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西谷修

1950年生まれ。
東京外語大学名誉教授。
著書に『「西谷修 著書に『アメリカ 異形の制度空間 (講談社)』、
『夜の鼓動にふれる:戦争論講義』(筑摩書房)など。

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