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OsamuNishitani Talks⑫ "I and the world"

西谷修対談⑫「わたしと世界」

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フランス文学・思想の研究をはじめ、世界史や戦争、メディア、芸術といった幅広い分野での研究・思索活動で知られる西谷修さんとの対談です。

第十二回目は「人間にとって表現とはなにか」。

〈前回までは〉
①「それが『言葉のもった生きもの』のセクシュアリティなんですよ。」
②「バタイユは『死は生きる人間にとっての極点』だと考えていました。」
③「周りから見たら、『ちょっと救急車呼んだほうがいいんじゃない?』って話ですよ。」
④「わたしっていうのは、単にここに座っている人間のことではない。この空間全体がわたしなんです。」
「いまの世界だったら、だれもが変なカルトだと言うかもしれない。」
⑥「洗練や古典化なんて摩滅した感覚だ。感受性から世界を変えないといけない、と彼らは考えた。」
⑦「それまで褒めた讃えられ、権威になっているものすべてが『ふざけるんじゃねえ!』っていう感じだった。」
「もはやモダニズムを追う、さらに新しいものを追うっていう、そういう思考ではなくなっていたんじゃないかと思うんです。」
⑨「『描くとか作るというのはどういうことなのか』を突き詰めようとしたんだと思うんですよ。」
⑩「現在しかない。つまり、時間が流れてない、持続を断ち切るこの一瞬、瞬間こそが永遠であり、ここにすべてが開かれてある」
⑪「人がものを考えるのは、自分でそうしようと決めたからじゃない。人間って、もともと考えるようにつくられているんです。」

「誰かが見て、『いいな』っていうこの感じ、この出来事がその絵を生かす。それが共同性です。」

平野:なぜ太郎は戦後パリに戻らなかったのか、いまだにスッキリしないんです。パリ時代にはあれだけの仲間がいて、超エリート集団にいたわけだから、戻っていれば、かなりの確率で、当時の仲間たちがそうなったように、国際的な作家になっていたはず。でも太郎はけっして日本から出なかった。そしてその結果、ドメスティックな存在になってしまった。

西谷:うむ。

平野:もちろん自分で選んだ道だけど、ぼくだったら確実にパリに戻ってます。だってそのほうがぜったいに得だから。

西谷:でも話はそう単純ではないかもしれませんよ。間にまた「世界の崩壊」と言われた大戦争があって、たとえば、アンドレ・ブルトンは戦後どうなったか? 彼は二番煎じとしてしか受け入れられなかったでしょう?

平野:ああ、たしかに

西谷:20年代、30年代にブルトンがもっていたインパクトは絶大でした。でも、戦後はもう影のようになっていた。そう考えれば、岡本太郎がヨーロッパに帰っていたとしても、戦後のヨーロッパで「東洋からきた前衛芸術の代表者」に何ができたか?

平野:そうですね。

西谷:太郎は日本で沖縄に出合い、縄文に出合い、メキシコに行って《明日への神話》を描き、《太陽の塔》をつくった。あれだけのものを遺したわけだから、まぎれもなく世界規模の作家ですよ。

平野:でも、もしパリに戻っていたらどんなふうになっていただろう? って考えるんですよね。それを見たかった。作風もまったく変わっていたかもしれませんしね。

西谷:うん、それはわかりますが。

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平野:もし縄文や沖縄に出会っていなかったら……でもそれがなくなっちゃうと「岡本太郎」のおもしろさはなくなっちゃいますね。やっぱり日本に残って良かったのかな。

西谷:むしろここを、近代化の矛盾を抱え込む日本を、世界的な表現の場にした。それでこそ岡本太郎だと思うんですよ。パリで、ああいう雰囲気のなかで民族学を学び、「人間にとって表現とはなにか」って、いろんなことを強烈に考えた。その延長上だと思うから。

平野:そうか。そうですね。パリに戻らなかったことも含めて30年代のパリでつくられた太郎の人格や頭脳と、ぜんぶつながっているのかもしれませんね。

西谷:わたしが思うのは、岡本太郎は「人間にとって表現とはなにか」っていうこと直接見せてくれた作家だったということ。単純にいえば、〝わたし〟という存在がここに居て、つまり世界のなかに居るわけですけど、自分が世界のなかでなにをしているのか、世界に対してどういうふうにしているかっていうこと、それを映し出すスクリーンとしてタブローをつくるわけですね。

平野:はい。

西谷:そのスクリーンに「わたしと世界」との出会いが結晶する。オブジェでもそうです。それが表現だと。そういうことを岡本太郎はやってきたんですよ。
そしてそれは、ほかのあらゆるアートを見るときの基準になる。

平野:お話を伺っていて思ったんですけど、世界のなかに、いまこの瞬間、生きている〝わたし〟っていうのは、もちろん職業画家だけでなく、すべての人間のことですよね?

西谷:そうです。

平野:あらゆる人間としてのわたし、いろんなわたしが世界と向きあう。世界のなかでいまこうあるっていうことを映し出すスクリーンが作品と呼ばれるものであるならば、その作品をつくるべき人間は、職業画家だけではなくてすべての人ということになる。

西谷:まさに、そういうことです。

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平野:それこそ太郎が言っていることです。
「すべての人が絵を描かねばならない」「生活そのものが芸術だ」「だれもが芸術家なんだ」って。芸術を、いま西谷さんが話されたメカニズムとして考えれば、まさに太郎が言っていることそのものですよね。

西谷:ただ、ひとり一人の人間は、「明日どうしよう」「仕事、転職しようかな」なんて、そういうことを考えて日々、現在を従属させて生きていかなければならないわけで……

平野:もちろんぼくだってそうです。

西谷:でも、それじゃ絵なんて描いていられない。そうでしょ?

平野:おっしゃるとおりです(笑)。

西谷:でもそういう人たちのなかにも、瞬間瞬間、過ごされていく現在があると。そして、その現在を浮き立たせる表現というものを「だれ」がやるのかということです。岡本太郎は、その「だれか」をやった。

平野:なるほど。

西谷:ほんとうは万人が絵を描くことをすればいい。みんながやるんだと。けれども実際には、我々が生きている、この罪を背負った世界のなかで、ひとりひとりの人間にはそれができない。

平野:太郎はこうも言っています。描かなくたっていい。絵を見て「ああ、いいな」と思うだけでいい。それだって創造なんだと。なぜなら「ああ、いいな」と思う人がいてはじめてその絵に意味と価値が生まれるのであって、見る人がひとりもいない状況で、絵そのものに絶対的な意味や価値があるわけではないから。見ること、感じることも創造だって言うんです。

西谷:表現ってこと自体が共同的ですからね。つまり岡本太郎が描いた。だけどだれにも見られなかった。それではなんの意味もない。誰かが見て、「いいな」っていうこの感じ、この出来事がその絵を生かす。それが共同性です。それがアートを成り立たせているものなんです。

平野:支えているのはコミュニケーションですね。

西谷:コミュニケーションでその都度、喚起される。そしてそれこそバタイユが追い求めたものだといってもいい。わたしだって、今日のような機会がなかったら岡本太郎について話す機会はないでしょう。でもバタイユを読んでずっと考えてきたことがあって、平野さんから岡本太郎がこういうこと言っていたって聞くと、わたしのなかでバタイユが喚起される。「ああ、そうだよね」となる。



次回は「バタイユのかっこよさ」。

⑬「わたしなんかからすると、『一番いいところまで行っている』っていうか……」

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西谷修

1950年生まれ。
東京外語大学名誉教授。
著書に『「西谷修 著書に『アメリカ 異形の制度空間 (講談社)』、
『夜の鼓動にふれる:戦争論講義』(筑摩書房)など。

 

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