Repos

Taro Okamoto in Paris ④

パリで岡本太郎は④

1953-42歳 パリ 右からMアルアン、太郎、ラゴン夫人、Jアトラン-gigapixel

<モンパルナス>

次に訪れたのはかつての芸術の街、モンパルナス。
そう、かつて・・なのです。

14区に位置するモンパルナスは、20世紀初頭モンマルトルの丘から降りてきた芸術家がこぞってアトリエを構えた場所です。
地下鉄4番に乗って、Montparnasse Bienvenue 駅で降⾞すると、芸術家の街だったことを思わせるポスターがありました。

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岡本太郎も、下宿を出て初めてアトリエを探しに⾏った場所です。
そして、彼の芸術家友達の多くもこの地に住んでいました。

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街並みは、思ったよりもだだっ広い印象。
パリ中⼼部よりだいぶ道幅が広く、⼈も少なく、お店も少ない。

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こちらが1973年に建設されたモンパルナスタワー。
パリらしからぬ高層ビルですね。一悶着あったようです。

はっきり言って、そんなに芸術を感じません。

そもそもモンパルナスが芸術家たちで賑わい始めたのは20世紀初頭のいわゆる狂乱の時代。
ヘミングウェイやフィッツジェラルドなどの⽂豪からピカソやマチスといった画家や写真家と、ジャンルを問わず芸術家が集まり夜な夜な酒を酌み交わし暑い議論が繰り広げられた場所らしいのです。

今となっては残っているのは有名なカフェくらいで、⼤きな美術館などもなく、ふっつ〜の街並みがちょっと悲しい。 まあそれがいいところなのかも。

岡本太郎が住んでいた時期は、第⼆次世界⼤戦前の最後の盛りの時期。
芸術家も政治情勢を無視できない⽴場にいたと語っていますから、アートに限らずいろんなことを議論しあったのでしょう。

街全体が貧乏な芸術家に⼿厚く、カフェや貧乏芸術家専⽤のクラブもあり、⾦銭的に厳しい⽣活を送っていた岡本太郎も、駅の裏に位置するフランソワ・ヴィロンというクラブでしょっちゅう⾷事をしていたと書き残しています。

悲しいことに戦争によってナチス⽀配下となり、ほとんどの芸術家は国外に出てしまい、その後もモンパルナスに戻ることはなく、今ではその名残が少しだけ残っているだけになってしまいました。

その名残というのが、Villa Vassilieff です。
ここは元々、⼥性画家マリー・ヴァシリエフが売れない芸術家のためにアトリエを改装して開いた⾷堂で、20 世紀初頭にはピカソ、マチス、ブラックなどそうそうたるメンバーが利⽤していました。

その跡地を利⽤して現在は美術館になっていると思っていたのですが、⾏ってみたらなにやら様⼦がおかしい・・・。

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まさかのサマーブレイク中。

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現在は、BETONSALON が運営している Villa Vassilieff という美術館兼、アートファシリティになっています。
路地の壁にはこんなものが。

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おそらくこの場所の歴史というか年表というかが書かれているのでしょう・・・!!

歴史上の巨匠と同じ⼟を踏んだと信じて、Villa Vassilieff を後にしました。

そのまま、モンパルナスを散策。

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Montparnasse Bienvenue 駅から Vavin 駅の⽅に歩いていると若い男性2⼈組に話しかけられました。
どうやらお⾦をせびられている様⼦。
「NONO」とすぐに⽴ち去りましたが、アジア⼈はお⾦持ちと思っているんですね・・・。
こちらとしてはユーロが⾼くて困っているのに! つか日本は貧乏だよ!!!

そんなこともありながら歩いていると⾒えてきたのが、有名なラ・ロトンドです。
こちらのカフェも芸術家や⽂豪が集い、20世紀初頭から賑わっていました。
Café de Flore に⽐べると観光客はあまりいないように⾒えますね。

当時このお店のオーナーは⾯倒⾒が良く、お⾦が払えない貧乏芸術家は代⾦の代わりに絵を書くことで飲み⾷いさせてもらっていたなんていうエピソードが残っています。

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このカフェのおかげで、芸術家たちはせっせと創作活動に打ち込み、後世に残る作品を⽣み出せたのかもしれません。

そして、ラ・ロトンドの向かいにあるのが、ル・ドームです。

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岡本太郎が下宿を出て、モンパルナスでアトリエを探すために泊まっていたオテル・ド・ブロアは、この2つのカフェからほど近い Vavin 通りにあります。

パリに来て間もない18、9の岡本太郎にとってはとても刺激的だったことでしょう。
しかし、ここに初めて来た時はまたフランス語も話せず、知⼈や友⼈もいない。
孤独を感じていた岡本太郎の姿も、想像できます。 かわいい。

「パリで岡本太郎は⑤」につづきます。

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