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岡本太郎コラム⑨ 思うこと「暗い気持」

大洋・大毎のテレビを見ていた。突然の臨時ニュースで、浅沼さんが刺されたという。続いて、演壇に立っている浅沼さんが写る。身体は大きいが、お人好しで気の弱そうな顔。例のガラガラ声で話しているが、会場がひどく騒然としていて、演説が中断される。一応静まって、話しはじめたとたん、突然とび出してきた若い学生服の青年が、キラッと光った長い刃ものをまっすぐ構えて、身体ごとぶつかるようにつっ込んだ。浅沼さんははねとばされた。不気味に、狂気に輝いた目。実に心得た、本式の刺し方だった。

実況がうつるとは予想しなかった。あまりに不意なので、まるで自分が刺されたような痛みを感じた。あのテレビを見ていた人は、誰でもそんな思いがしたろう。やがて死が報じられた。人間として言いようのないショック。――テレビという近代システムのおかげだろうが、日本全国の証人の目の前に、最もいまわしい、歴史の一コマがぶつけられた。空前絶後のことだ。この事実は日本人として絶対に忘れないだろう。また忘れてはならない。

戦後、どんなに風俗が乱れたといっても、あのかつての血なまぐさい、暗い狂気はなくなった。それがどんなに大きな幸福であったか、と今さら思う。近ごろ、再びこういうことが生まれてくる土台、そしてそれを許すような雰囲気が出来はじめていた。

暴力否定なんて、おていさいのいいお題目をとなえてこの現実をごまかしているうちに、一足とびにそれをのりこえて、暗いテロまで行ってしまっている。いったいだれの責任であろうか。血が血をよばなければ幸いだが、今日の動きには、不吉なバックが感じられる。

政治の世界には左右の衝突とか、激しい力関係のかけひきがあるのは当然だ。しかしそれはあくまでも人間的に、フェアな形で、少くとも最低限度の線をまもらなければならない。それがのり越えられてしまったのでは、もう何を言うこともない。「思うこと」を書きながら、こうなってきたら、もう思うことなんかないんじゃないか、と暗たんとした気持ちである。