岡本太郎を敬愛するシンガーソングライターのあいみょんと空間メディアプロデューサーで岡本太郎記念館館長の平野暁臣による展覧会「太陽の塔」特別対談です!
*この展覧会はすでに終了しております
〈前回までは〉
①「太郎さんのことは絶対に知っていたほうがいい」
②「太郎さん、なんか、かわいい(笑)。」
③「でもフツー、こんな大きなものが、行方不明になります?(笑)」
④「これも海洋堂さんなんですね! すごいぞ、海洋堂(笑)!」
今回は岡本太郎の残した言葉「芸術は呪術である」について語ります!
—
「太郎さんって…もしかして…シャーマン?」
平野:展覧会のテーマは「太陽の塔」だから、展示の中心はもちろん太陽の塔やテーマ館なんだけど、太郎の絵画も見ることができるよ。集めたのは1960年代の作品ばかり。
あいみょん:どうして60年代のものを?
平野:じつは60年代に太郎の作風が大きく変わるんだけど…
あいみょん:はい。
平野:それが太陽の塔やテーマ館の思想に底流でつながっているんだよ。
あいみょん:どういうことですか?
平野:あいみょんも知っているとおり、40年代〜50年代の太郎は、〈傷ましき腕〉みたいにビビッドな原色が特徴だったし、〈重工業〉や〈森の掟〉みたいにキャラクター的なモチーフがたくさん出てきたでしょ? 画面構成は緻密で、色鮮やかだった。
あいみょん:はい。
平野:ところが60年代になると、とつぜん画風が変わるんだよね。楽しいキャラクターが姿を消し、代わって梵字みたいな〝黒いモチーフ〟が画面を支配するようになる。


あいみょん:この〈アドレッサン〉なんかを見ても、それまでの太郎さんとはずいぶんちがいますよね。
平野:黒くて、暗くて、呪術的。言ってみれば、おまじない、お札みたいなものだよね。で、太郎は1964年に「芸術は呪術である」って宣言するわけ。
あいみょん:大阪万博ってちょうどその頃ですよね?
平野:そう。太郎は「芸術は呪術である」と言った3年後に万博の仕事に取り掛かった。つまり太陽の塔も「呪術」だったと考えるほかない。
あいみょん:なるほど!
平野:呪術とは「見えない力を交信する」こと。霊や神々と心を通わせることでしょ?
あいみょん:はい。
平野:狩猟採集時代には、ぼくたちの祖先もそうした呪術の感性をもっていた。獣をおびき寄せるために呪術を使ったわけだからね。太陽の塔はそういう精神世界と通底しているわけ。
あいみょん:そうなんですね。
平野:ついでに言えば、目に見えないもの=「聖」と、日常=「俗」が交わる瞬間が〝祭り〟であり、両者をつなぐ存在がシャーマン(呪術師)だよね。
あいみょん:はい。
平野:太郎は万博をほんとうの祭りに変えたいと考えていた。そして太陽の塔を〝祭りの神格〟〝ベラボーな神像〟と呼んでいた。つまり太郎は、太陽の塔を「聖なるもの」と「俗なるもの」をつなぐ〝祭具〟として構想していたんだね。

あいみょん:太郎さんって…もしかして…シャーマン?
平野:そうかもしれないね。いずれにしても、そういったバックグラウンドを知ってもらうためにも、60年代の作品を一緒に見てもらうことにしたんだよ。
あいみょん:盛りだくさんですね。これは絶対に見なくちゃダメですね。
—
次回は「万博」について語ります!