日本ジャズ界で人気・実力ともにナンバーワンの“ファーストコール・ピアニスト”、片倉真由子さんと、おなじくリーダーアルバムを8枚リリースするなど人気と実力を兼ね備えたトランペッター市原ひかりさん。今回はふたりの女性ジャズプレイヤーとの鼎談です。
第六回目は「異なるタイプ」。
〈前回までは〉
①「ジャズはけっして“エリートのための音楽”ではありません。」
②「もう一度「カッコいい音楽」に戻っていくんじゃないかと思います。」
③「ジャズをもっとパブリックなものにしたいっていうか…」
④「ジャズって。なにかを考える前に、自然のうちに目の前にあったんです。」
⑤「最近になって、自分がジャズをやっている意味が少しずつわかってきたような気がするんです。」
「自分に嘘をついて演奏したら、たとえ誰かに褒められても、わたしはちっとも幸せに思えない。」
平野:土岐さんの『Black Eyes』のレコーディングのとき、ぼくは丸二日にわたってふたりを観察していたけど、真逆といえるくらいタイプがちがうよね。
市原:そうですか?
Four – 市原ひかり
市原ひかり(tp、vo)&松尾由堂(g)@岡本太郎記念館 2018.11.16
平野:ぼくは「女優の2類型」の話を思い出した。
片倉:なんですか、それ?(笑)
平野:テレビドラマのプロデューサーに聞いた話なんだけど、優れた女優には対照的なふたつのタイプがあるらしい。ひとつは役づくりに没頭し、徹底的に自分を追い込むタイプで…
市原:もうひとつは?
平野:なにもせずに“降りてくる”のを待つタイプ。直前までバカ話でケタケタ笑っていたのに、「はい、本番!」の掛け声を聞いた瞬間、とつぜん役柄そのものに変貌する。
片倉:へえ。
平野:片倉さんは、みんながくつろいで無駄話をしているとき、ひとりそっと離れて集中力を高めていたでしょ? “役づくりに集中する女優”っていうか……“試合前のボクサー”みたいな感じだった。
市原:じゃ、わたしは?
平野:“出勤前のチーママ”。
市原:えー、ひどーい!
片倉:(爆笑)

市原ひかり(tp、vo)&松尾由堂(g)@岡本太郎記念館 18.11.16
平野:ライブでもいいしレコーディングでもいいんだけど、ふたりは本番前になにを考えているの?
片倉:それはピアノに行くとき?
平野:そう。
片倉:今日の自分に正直な演奏ができますようにって。
市原:すてき!
片倉:実際に出てくる音がうまくいく、いかないっていうことではなくて、今日の自分に正直でありますように、嘘をつきませんように、って。
市原:ほんとにそうなんですよ、真由子ちゃんは。
片倉:「正直に演奏する」っていちばんむずかしいことだと思う。だって、もしなにも出てこなかったら、弾かないっていうことですからね。でも、自分に嘘をついて演奏したら、たとえ誰かに褒められても、わたしはちっとも幸せに思えない。
平野:それが片倉さんだよね。

市原ひかり(tp、vo)&松尾由堂(g)@岡本太郎記念館 18.11.16
片倉:このあいだ、ものすごく悪い状態に陥って・・・なにも出てこなくって。
市原:あのときは、わたしもちょっとだけ心配だった。
片倉:あれは共演者みんなにわかるレベルだったからね。
平野:「出てこない」っていうのは、アドリブ=即興演奏のアイデアが出てこないっていうことでしょ?
片倉:ええ。
平野:そもそもアドリブがどういうものなのか、どういうメカニズムが作動しているのか、経験のない者にはイメージできないと思うんですよ。
市原:そうですよね。
平野:譜面に頼らず、その場の即興で弾くっていうのは、理屈としてはわかるけど、まったく実感がわかない。
市原:はい。
平野:即興って言ってるけど、じつは前々から必死で練習していたんじゃないか、って疑うよね、普通。だって、事前の準備なしにあんな演奏ができるなんて、とても信じられないからね。
片倉:(笑)

市原ひかり(tp、vo)&松尾由堂(g)@岡本太郎記念館 18.11.16
平野:即興って、要するに、どうなってるの?
片倉:あらかじめ考えていくわけではないですよ、もちろん。さっきひかりちゃんが言ったように“瞬間の作曲”だから、なにかを秒単位で組み立てるんだけど、その伝達がうまくいかないと、ほんとになにも浮かんでこないっていう日があるんです。
平野:メンタルの問題なのかな?
片倉:練習するなり聴くなり、とにかく没頭してジャズに向き合っていると、1日1日変化していきます。聴けば聴くほど耳は肥えてくるし。そうするとより真摯になるというか、もっとこうだ、もっとこうなんだ、と、理想がどんどん高くなっていくんですよね。
平野:うん。

市原ひかり(tp、vo)&松尾由堂(g)@岡本太郎記念館 18.11.16
片倉:そうやってジャズの真髄みたいなものが少しずつ見えてくればくるほど、ジャズがどんどん遠くなっていくっていうか……
平野:わかる。
片倉:どんどん下手くそになっていくように感じちゃうんですよね。そういうこともあって…

平野:まさに精神の営みなんだね。いい演奏ができるかどうかは、やってみなきゃわからないってことだろうし。
片倉:わからない。だから怖いんですよね。
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次回は最終回。
「オリジナリティ」。

片倉真由子(かたくら まゆこ)
仙台市出身。洗足学園短期大学を首席で卒業後、バークリー音楽大学、ジュリアード音楽院に入学。ケニーバロンに師事。留学中より、ハンク・ジョーンズ、ドナルド・ハリソン、 カール・アレン、ベン・ウォルフ、エディ・ヘンダーソン、ビクター・ゴーインズ等と共演する。2006年、Mary Lou Williams Women In Jazz Piano Competitionで優勝、Thelonious Monk International Jazz Piano Competitionのセミファイナリストに選出される。2008年に帰国し、現在は自己のトリオをはじめ、山口真文、伊藤君子、竹内直、土岐英史、寺久保エレナ、レイモンド・マクモーリン、ジーン・ジャクソントリオ、北川潔トリオのグループなどで活動中。洗足学園音楽大学非常勤講師。
市原ひかり(いちはら ひかり)
1982年東京都生まれ。成蹊小中高等学校を卒業後、洗足音楽大学ジャズコースに入学。2005年主席で卒業。同年ポニーキャニオンよりデビューアルバム『一番の幸せ』をリリース。以降同社より8枚のリーダーアルバムをリリース。自己のグループの他、土岐英史(as)、秋山一将(gt)、増原巖(bs)、赤松敏弘(vb)等のグループに参加。活動範囲はジャズにとどまらず、山下達郎、竹内まりや等のアルバムにもソロプレイヤーとして参加している。
主な出演番組は、『トップランナー』『題名のない音楽会』『ミュージックフェア』『僕らの音楽』等。