フランス文学・思想の研究をはじめ、世界史や戦争、メディア、芸術といった幅広い分野での研究・思索活動で知られる西谷修さんとの対談です。
第十三回目は「バタイユのカッコよさ」。
〈前回までは〉
①「それが『言葉のもった生きもの』のセクシュアリティなんですよ。」
②「バタイユは『死は生きる人間にとっての極点』だと考えていました。」
③「周りから見たら、『ちょっと救急車呼んだほうがいいんじゃない?』って話ですよ。」
④「わたしっていうのは、単にここに座っている人間のことではない。この空間全体がわたしなんです。」
⑤「いまの世界だったら、だれもが変なカルトだと言うかもしれない。」
⑥「洗練や古典化なんて摩滅した感覚だ。感受性から世界を変えないといけない、と彼らは考えた。」
⑦「それまで褒めた讃えられ、権威になっているものすべてが『ふざけるんじゃねえ!』っていう感じだった。」
⑧「もはやモダニズムを追う、さらに新しいものを追うっていう、そういう思考ではなくなっていたんじゃないかと思うんです。」
⑨「『描くとか作るというのはどういうことなのか』を突き詰めようとしたんだと思うんですよ。」
⑩「現在しかない。つまり、時間が流れてない、持続を断ち切るこの一瞬、瞬間こそが永遠であり、ここにすべてが開かれてある」
⑪「人がものを考えるのは、自分でそうしようと決めたからじゃない。人間って、もともと考えるようにつくられているんです。」
⑫「誰かが見て、『いいな』っていうこの感じ、この出来事がその絵を生かす。それが共同性です。」
「わたしなんかからすると、『一番いいところまで行っている』っていうか……」
平野:太郎と西谷さんは、ともにバタイユが体内にあるからだろうけど、お話を聞いていると、まるで太郎本人から聞いているように感じるんですよ。いままで感じたことのない感覚です。まるで……イタコです(笑)。
西谷:ハッハッハ(爆笑)
平野:あたらめて太郎の根っこはバタイユなんだと痛感しました。
西谷:おそらくバタイユみたいなとんでもない人に会って、共鳴して、突っ込んでいくような資質が岡本太郎にはもともとあったんだろうし、バタイユの存在が太郎の表現行為に朝鮮ニンジンのような栄養になったんだろうと思いますね。
平野:けっきょくバタイユって、どこがいいんだろう? どこがカッコいいんですか? おそらく先生が感じておられることとおなじようなことを太郎も感じて惹きつけられたんだろうから。
西谷:そういう意味でいえば、実はぜんぜんカッコよくないですね。たぶんカッコいいから惹かれたじゃなくて、人間ってほんとうにいろんなことを考えながら生きているわけだけど、その生きるってこと、考えるってことにこれほどラジカルな奴がいるなんて、と思って吸い寄せられるんじゃないかな。
平野:憧れていたっていうのとちょっとちがうのかな?
西谷:磁力のように魅せられるんですよ。わたしなんかからすると、「一番いいところまで行っている」っていうか……
平野:一番いいところ?

西谷:わたしは、若い頃流行っていたサルトルや、それにマルクスをくっつけた実存マルクスみたいなものがイヤでイヤで。そんなときにバタイユを知って、「これだ!」と思ったんです。
平野:へえ。
西谷:バタイユだけじゃなくて、ブランショとセットだったんですけどね。
平野:どうして「これだ!」と思ったです?
西谷:ものの言い方や考え方が一番ぴったりきた。これだったら信用できると。
平野:信用できる……なるほど。その感じはよくわかります。太郎もきっとそれだな。本物だと思ったんだ。
西谷:そうするとバタイユは「本物なんてない」って言うんですよ(笑)。
平野:いいじゃないですか(笑)。
西谷:でも、そういう奴じゃないと本物じゃないんですよね。
平野:たしかに! 太郎は「コントルアタック」の集会でバタイユに出会って、その日のうちに惹きつけられたみたいですよ。
西谷:それはもう、「コントルアタック」は政治感覚と美的感覚が混在するような運動だったからね。
平野:演説を聴いてしびれたらしいです。
集会が開かれたのは、のちにピカソがゲルニカを描くことになる屋根裏部屋だったらしいです。
西谷:それはわたしも聞いてみたかったな。
晩年のラジオ放送は聞いたことがあるんですけど、その頃は喋り方がちょっとね。きっと「コントルアタック」のときはなにか稲光を取り込んだように喋っていたんだろうな。
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次回、最終回「腐るということ」。

西谷修
1950年生まれ。
東京外語大学名誉教授。
著書に『「西谷修 著書に『アメリカ 異形の制度空間 (講談社)』、
『夜の鼓動にふれる:戦争論講義』(筑摩書房)など。