続いて平野暁臣の審査評です。
「 太陽の塔は観光客相手の死んだ遺跡ではないし、
ありがたいと拝む対象でもない。
いまを生きるぼくたちを生々しく挑発するライブな存在だ。
塔の前に立つと元気になるし、インスピレーションが湧いてくるんです。
そう語る若者にずいぶんと会った。
ならばその応答記録をテーブルに広げて俯瞰したら面白いんじゃないか。
そんな思いではじめたコンペだった。
華々しい「夢の未来」が埋め尽くす万博会場で、太陽の塔はひとり浮いていた。
ロジックが支配する〝左脳の産物〟たる万博にあって、
太陽の塔だけがパーソナルな情念と欲望を基盤にしていたからだ。
岡本太郎は西欧モダニズムの強固な論理に「岡本太郎」でぶつかった。
ではそんな太陽の塔に対峙せよと言われた応募者は、
はたしてロジックで攻めてくるのか、情動をぶつけるのか。
ぼくのいちばんの興味はそこにあった。
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最優秀賞の山田文宏チームには両者がともにあった。
命がけで、しかも素っ裸で《体漂の塔》内をのぼり、
穴から頭と手足を出して太陽の塔と向き合う。
なんというバカバカしさだろう。合理性のかけらもない。
にもかかわらず、躯体の仕様やディテールが大真面目に検討されている。
真剣であるがゆえにバカバカしさが際立っている。
喜劇の構図だ。太陽の塔も同じだと思う。
あれほどバカげたことを、あれほどのスケールで、
あれほど真剣にやった者はほかにいない。
一般の芸術とはそこが違うし、だから強いのだ。

一方、特別賞の大坪良樹《樹形夢》はロジックで
グイグイ押してくるタイプの案だ。
バタイユを引き合いに出しながら太陽の塔をガン細胞に見立てる
アイデアはじつに秀逸。着想だけでいえばこれがトップだったと思う。
言っていることもスジが通っている。
ただ、正論をそのまま形にされると少々息苦しく、
反論したくもなるというもの。
ヒネリや無駄を織り込んだ遊びのある案になっていたら、
さらに評価は上がっていただろう。

他の5案もそれぞれに独創的な視座をもつ興味深い案だった。
これほどのバリエーションが生まれたこと自体、
太陽の塔の価値を証明するものだと思う。
太陽の塔の強度は尋常ではない。
そんなあたりまえを再確認したプロジェクトだった。
このコンペをやってほんとうによかった。
審査員に恵まれたからできたことだが、
審査のプロセスをすべて公開したことにも大きな意味があったと思う。
なによりおもしろかった。
形を変えてぜひまたやろうと考えている。」