太郎は縄文土器の写真を撮っているときのおもしろい話があったそうで、
某大学「これうちのじゃありませんよ。」
太郎「いや、確かにこちらで撮らせていただいやはずですから。」
調べてみるとそこにある土器だった
さらには写真が芸術的すぎると注意されることもあったそうです。
考古学者とは異なる、
太郎の縄文土器の見方についてのエピソードを紹介してくださいました。
さらに読売新聞に書いた太郎の縄文土器についての記事を紹介。

太郎は「早期」の土器が好きだったが、
あえて「火焔土器」の激しさのほうが世の中に伝えやすいと判断されたそうです。
ここで石井さんが言っておきたいとのことで、
「いまでも考古学の世界では太郎は無視をされている」
ことについて話されました。
なぜここまで無視されているのか?

専門書で土器の芸術性について書かれている文献でも、
もちろん太郎はその文章を書いてはいないのですが、
その内容を見ると、
岡本太郎が縄文土器論や『日本の伝統』で書いていた文章を、
いかにも真似しているそうです。
表現をパクっているといっても過言ではないとのこと。
今でも石井さんが博士論文で書いても、異端扱い。
「おもしろいけど違うよね」
と言われてしまう。
日本では考古学的に縄文を世の中に出したのは岡本太郎で間違いない。
そこを削られてしまうのはどうかと思うので、
それを自分がやろうと思う。
そのことは伝えておきたいとのことでした。