そして岡本太郎の縄文土器の独特な表現、
(「陰湿」「卑弱」「安定と均衡」など)から、
弥生式土器との違いについて。

なぜここまでアシンメトリーなのか?
縄文土器は自然とともに生きているからこそあのような非対称性。
弥生土器は人間中心主義なのでシンプルになっているのだそうです。
そして最後には「いのちの交歓」について。
「動物と闘い、その肉を食み、人間自体が動物で、
食うか食われるか、互いにイノチとイノチの間をきりぬけ、
常に生命の緊張を維持させながら生きて行く。
このいのちの交歓の中に、動物と人間という区別、仕切りはなかった。
あの残酷なロマンティスム。」

考古学者の解説で考えるのではなく、
岡本太郎のように直に本物の土器と出会い対話をすることで、
何かが見えてくる。
対話をするって難しいことですけど、
太郎は縄文人と対話を続け作品をつくっていた。
まさに「いのちの交歓」。
人間同士だけではなく、非人間との対話を縄文人はしていた。
その思いをふたたび自分たちに取り戻すべきだと思います。
ぜひ直に見てほしいと語られました。