ブラジル出身の画家、現代美術家でありアーティスト・グループ『昭和40年会』のメンバーである大岩オスカールさんと美術史家で明治学院大学文学部芸術学科教授の山下裕二さんとの鼎談です。
〈前回までは〉
大岩オスカール①「『現代アートって、カッコイイじゃん!』って思ったんです。」
大岩オスカール②「いまでも朝早く起きて、夕方まで毎日描いてます。」
第三回は日本からニューヨークへと移住した大岩オスカールさん。その理由についてお伺いします。
アメリカに行くことに決めたときに9.11が起きて、すごく悩みました。
平野:いま話に出た、広島市現代美術館に預けている絵って、どんな作品なんですか? なぜ寄託を?
大岩:もともと広島市現代美術館のために描いた4枚組の絵があって…。
山下:原爆後の廃墟を描いたスケールの大きな絵です。その絵を広島に納めたオスカールが、だいぶ後になって「じつは真ん中にもう一枚描いた」って言うんですよ。
平野:えっ? どういうこと?
山下:つまりその絵は4枚で構成された画面なんだけど…。
平野:5枚にもできる?
山下:そう。じつは真ん中に一枚入れると5枚構成になる。
平野:おもしろい!

大岩:でもそれを美術館の人は知らなかった…。
平野:え、マジで?(笑)
山下:真ん中の一枚は、その廃墟の中から、木が立ち上がるっていう……。
平野:いいじゃない!
山下:ある日、オスカールからその画像が送られてきたんですよ。「興味ありますか?」って。ぼくは広島生まれで、母親が被爆しているっていうことも彼は知っていたから、「もちろん、買うよ!」って。忘れもしない北千住駅前の銀行でお金を下ろしてね(笑)。
平野:いい話だなー。
山下:2007年、東京都現代美術館の「大岩オスカール展」ではじめて5枚組の形で展示したんです。
大岩:そのときもまだ、広島市現代美術館の人は知らなかったんですけどね。
平野:すごい話だ。
大岩:4枚の絵が、いつのまにか5枚になってたわけだから、ビックリしたでしょうね(笑)。

山下:しばらく東京都現代美術館に預けてたんですけど、広島が展示でそれを借りたいって言うので貸したんです。で、いまは広島にある。
平野:残りの4枚は広島が持っているんですよね?
山下:そう。でも真ん中の一枚だけはぼくの所蔵。そんなこともあって、オスカールが東京にいたころはときどき会っていたんです。また彼は「昭和40年会」の一員でもあった。会田誠、小沢剛、パルコキノシタ、松蔭浩之・・・ぼくがもっとも注目している人たちでした。
平野:たしか会田さんって、日本美術の専門家だった山下さんが現代美術に深入りするきっかけになった人のひとりでしたよね?
山下:そうです。もっとも彼ですら当時はまだ無名でしたけどね。
平野:なるほど。
山下:その後、2002年にオスカールはニューヨークに移住するわけです。
平野:日本からニューヨークに移住しようと思ったのはなぜ?
大岩:日本で結婚して、こどもも生まれて…、食べていけたし、悪い生活ではなかったんですけど、やっぱりなにかもうちょっとチャレンジしたいと思ったんですね。
平野:環境を変えて次のステージに進みたいと?
大岩:環境もそうですし、刺激も欲しかった。ただ、アメリカに行くことに決めたときに9.11が起きて、すごく悩みました。
平野:お子さんも小さかったでしょ?
大岩:はい。だからすごく悩んだんですけど、2002年の6月に渡ったんです。
山下:そのころ、ぼくもしょっちゅうニューヨークに行っていたので、よく会ってました。
平野:ニューヨークへは日本画の研究で?
山下:日本美術の調査です。行くたびにオスカールとは会っていて、ずっとつきあいは続いてました。
平野:今回、『20人の鬼子』展にオスカールさんにも絵画作品を出していただいたわけですけれど、17年前の太郎賞にはどんな作品で応募されたんですか? ぼくはまだ審査員じゃなかったんで、そのころのことはよく知らないんですよ。
山下:ぼくもまだ審査員じゃなかった。入選作はたしか絵じゃなかったはず。

平野:あ、これ? このゴミ袋の…?
大岩:そうです。
山下:根っからの絵描き体質なんだけど、このときはTARO賞ってことで、こういう立体のインスタレーション的な作品で応募したわけだ。
平野:このころはまだ無名という感じだったんですか?
大岩:まだ新人でしたから。
山下:「昭和40年会」が一応、グループとしてはやっていたけど。
平野:グループとしては、名前は少しずつ世に出ていた?
山下:そうですね。
大岩:それでも40年会のアーティスト自身はまだ有名ではなかったですね。
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次回は「自分の色」を見つけるということについて。
大岩オスカール④「昔の方法を真似るんじゃなくて、そのあり方や発想を学んだんです。」

大岩オスカール
1965年、日本人の両親の元にサンパウロで生まれる。
サンパウロ大学建築学部卒業後、91年より2002年まで東京を拠点に活動。
2002年よりニューヨークに拠点を移し現在に至る。
物語性と社会風刺に満ちた世界観を、力強くキャンバスに表現する油絵画家。
独特のユーモアと想像力で制作を続けている。
山下裕二
1958年、広島県生まれ。
東京大学大学院卒業。明治学院大学文学部芸術学科教授。
室町時代の水墨画の研究を起点に、縄文から現代美術まで、日本美術史全般にわたる幅広い研究を手がける。